CEO育成ポータル






『困難に直面しても、その場から逃げずに課題解決に挑戦する生き方を自分の子供に見せたい』

メリーポピンズ代表 
株式会社日本福祉総合研究所 
代表取締役 高堀愛香氏


東京理科大学工学部に在学中に結婚。1998年3月、同大学を卒業し、同年4月シティバンクに入社するがまもなく出産。その後、保育所に子供を預けるもののサービスの質に疑問を抱き、同年8月に自ら保育園「メリーポピンズ」を開園する。現在は埼玉県内と東京都内に合わせて8つの保育園を運営するまでに事業を拡大。2005年3月には、事業所内託児所設置を推進するため、株式会社日本福祉総合研究所を設立、代表取締役に就任。31歳。


保育の素人であっただけに抱いた疑問をパワーに、今や8つの保育園を有するほどの成長を遂げたメリーポピンズ代表の高堀愛香氏。これからは日本の保育のあり方を変えたいと願っている。ビジネスリーダーとして現場の意識をどう変革し、サービスとしての保育を実現してきたかを聞いた。

――お子さんを保育園に預けた際、余りにもサービス精神がないことに驚愕されたということですが。

   「当時の保育園といえば公的機関に守られ過ぎていた感があるほど。とにかくビジネスのビの字などありませんでした。サービスを提供している意識、イメージなどまったくなかったのではないでしょうか。『開園時間に合わせて仕事を選んでください』『土日は開園しません』『一時預かりも受け付けません』『延長料は高額ですが良いですか』というスタンスでしたからね。本当に子育て支援をしているのかと疑問を持ちました。それでも、こちらは月に7、8万円も払って、子供の面倒を見てくださいとお願いするしかなかったのです。これでは保護者の立場など度外視されているとしかいえませんでした。親が何を望んでいるのかが抜け落ちていて、CS(顧客満足度)向上意識が保育園にも絶対必要だと思ったのです」

――サービスの質以外にも、気になっていたことがあったのではありませんか。

   「当時私たち夫婦はアパートで暮らしていたのですが、近所付き合いなどまったくありませんでした。これではいけない。やはり昔のようなコミュニティーを再生させなければ、安心して子供を育てることもできないのではと思いました。また、保育士のあり方にも疑問を強く感じるようにもなったのです。仕事はすべて受け身としかいいようがありませんでしたから。カリキュラムにしろ行事にしろ、何をするにしても園長が決めているんです。保育士はただ、言われたことをこなしているだけの存在にすぎませんでした。なんだ保育の世界は、何もかもルーティンワークでこなしているだけではないか。子供の人格を形成しなければいけないのに、これでいいのかと憤りさえ覚えました」

――それなら自分で保育園を立ち上げようと。随分思いきりましたね。

   「人は生きていく上で何か困難に出合った時に、『できないと言ってあきらめる』か『どうすればよいかを考え抜く』かという2つの選択肢があると思っています。私は自分の子供には、後者を選択してほしいのです。そのためには、自分自身が見本を示さなければならないと考えました。世間では子供が好きだから保育園を始めたのですかと言われますが、それだけではありません。地域の園長会では『仕事をしていない母親に代わって子供の面倒を見る意味があるの?』と何度もパッシングされましたが、私にはこうしたサービスこそ必要だという強い気持ちがあったのです」
   「保育園に入園してくる子供であっても、すでに社会経験がスタートしているのです。十数年後には、日本社会を創っていく存在なんだと私は位置付けています。だからこそ、生き方のポテンシャルをアップしてあげるのが大人の務めです。さまざまな生き方があるということ。生きるためのポテンシャルを上げていくのは大人の使命だと思いました」

――強い使命感が支えとなったからこそ、その後の苦労も克服できたということですか。

   「苦労は嫌いな言葉ではありません。何とか乗り越えようとすることで、新しい世界が開けてくると信じています。それでも保育園を開園するまではピンチの連続でしたね。自分たちの預金だけでは資金を賄いきれないということで地元の銀行に融資を打診したのですが断られ、国民金融公庫でようやく申請が通るというその矢先に、『福祉事業』という用語が問題視され融資を受けられなくなってしまったのです。数日後には保育園の工事費を支払わなければという時期でしたので、急遽知人・友人・会社の同期に援助を願い出て何とか開園にたどり着くことができたのです」
   「もちろん、開園してからもしばらくは大変でした。土日も含めて朝7時から夜10時まで保育園に通い詰めです。まだ誰も預かっていませんでしたから、自分の子供を連れていきサクラにするほどでした。だからこそ、最初のお客様のことは今でも良く覚えています。この人の子供を大切にすることが次につながるんだと信じて、預けていただいたという信頼にこたえるよう精一杯子育てをお手伝いしました。お迎えにいらした時にも、『今日はこんな時に笑って、こんな時に泣いていましたよ』と事細かに伝えるよう心掛けたものです」

――転機はいつ頃訪れたのですか。

   「開園したその年の11月に駅の反対側にある保育園がつぶれることになり、経営者から『20人近い子供の受け皿になってほしい』と頼まれたのです。もう驚きでしたね。ただ、おかげでようやく落ち着けるようになったというのが本音です」
   「それでも毎年3月を迎える度に、『公立保育園に合格しましたので転園します』といって、かなり多くの園児が去って行きました。この繰り返しでしたね。何とかならないか、このままでは経営もおぼつかないといろいろと調べているうちに、法律での待機児童の定義がおかしいという事実に気付きました。当時の法律では、公立保育園に通園していない児童はすべて待機児童としてカウントしていたのです。その数字には、民間保育園に通園する児童も含まれていましたから、数は膨れ上がるばかりだったのです。これでは、母親の不安が募るだけという実態に気付きました。こちらも経営に関わる問題でしたから、厚生労働大臣に直接陳情し、民間保育園が直面する経営の危機を伝えるという行動に打ってでたのです。とにかく、現場で起きている問題を理解して欲しいと。結局、この法律は1年後に改正されることになりました。夢のまた夢がかなったということで本当に嬉しかったですね」

――現在、80人以上もの保育士がいます。リーダーとしてどうマネジメントされていますか。

   「採用の段階から、保育士は子供の人間性を育まなければいけないと強調しています。そのためには保育士自身が自己の成長を意識し、努力することが絶対に必要です。保育士は女性がほとんどなだけに、ともすると女子校の雰囲気になってしまいます。年功序列という名のもとに先輩を頼るだけの存在になってしまうのです。これではいけません。企画提案力がある人が活躍できる職場を創らなくては。毎年2回、保育士全員の360度評価を行っているのもそのためです。本当に必要なものをカタチにしていく保育士であってほしいのです。人を育てる保育士の意識が変わらなければ日本の将来も変わりませんからね」

――メリーポピンズは企画提案型の保育サービスを具現化する舞台というイメージが伝わってきます。

   「メリーポピンズでは、保育士の提案を次々とカタチにしてきています。地元の商店街を散策したり、新潟県に田植えや稲刈りツアーに出かけ、商品が作り上がる過程をみせたり、できあがったものを持ち帰り、さらに加工して何かを作り上げたり、すれ違った人全員に挨拶をするようにしたりしているのも、保育士の皆さんの提案があったからこそです」
   「もちろん、保育士の提案をカタチにする取り組みはメリーポピンズだけで成就されれば良いというものではありません。民営化の波にのる公立保育園の園長さん、保育士さんすべての方々に意識してほしいのです。保育はサービスであるという発想を持つことで、日本にパワーが生まれると私は信じています。今年立ち上げた日本福祉総合研究所では、そうした企画提案型の保育サービスを提供するという波を全国に広げていくような事業を手掛けたいと考えています」

――最後に、ビジネスリーダーに求められる条件とは何だと思いますか。

 「3点ほどメッセージさせてください。
   第1に、真に必要なものを考えて自分語に変え、採算が合うカタチにかえていくのがビジネスの理想型ではないでしょうか。その意味ではビジネスリーダーは孤独だということです。じっくりと考えながら、自分が納得できる、確信できる言葉にかえる必要があるのです。
   第2に、ハート伝導力があるかということ。人に命令し、指図をするばかりがビジネスリーダーの仕事ではありません。さまざまな思いを持つ人々の心の温度を見ながら、あるレベルまで上げたり、下げたり加減を気遣う心配りが大切だといえます。
   そして、最後は自己実現です。何もビジネスリーダーの自己実現だけではありません。働くスタッフ全員の自己実現につなげていくようにすることが重要なのです」

(取材・文 袖山 俊夫)
日経BizCEOは、日経Bizキャリアと世界最大の公式MBA組織日本支部を兼務するグローバルタスクフォース(GTF)の共同サイトです。

Copyright 2004-2006 Nikkei Human Resources, Inc., all rights reserved.
Global Taskforce K.K., all rights reserved.