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LEADERS INTERVIEW
for Career Management

「任せる」と「エンパワー」の違い

東京スター銀行
代表執行役CEO
タッド・バッジ氏

1959年米国カリフォルニア州生まれ。79年大学在学中に宣教師として来日、2年間九州・沖縄で布教活動に従事。84年ブリガム・ヤング大学卒業(専攻は経営学と日本語)。85年ベイン・アンド・カンパニー日本法人入社。2年後、シティバンク東京支店に転職。90年アトランタに異動。95年GEキャピタル(米国)入社。97年同社日本法人コンシューマー部門COO。99年同CEO就任。2002年3月東京スター銀行取締役オペレーション本部長就任。同年6月代表執行役頭取就任。2004年9月、CEOに名称変更。著書に『やればできる You can do it』(徳間書店)がある。

MBAで学べないこと

 私は20代で主に、経営コンサルティングやシティバンク東京支店でのクレジットカード事業戦略など、ストラテジーを考える業務に従事しました。ビジネスを全体的な視点で見た経験が、現在の業務に役立っています。一方、第一線での現場経験も大切だと思います。私はシティバンク時代、アトランタの債権回収センターで、現場の管理者を経験しました。よくMBA取得直後に、経営幹部や高い給料の仕事を望む人がいます。一見単純な業務に見えても、一度は現場を経験した方が、長い目で考えればプラスになるはずです。MBAで学べないことが、現場に行けばたくさん学べるのです。

 私がアトランタに着任したとき、現場の管理者は社員を“モノ”のように扱っていました。就業ルールを厳しく定め、社員が1分1秒でも遅刻しようものなら、懲罰を与えていました。まるで社員は“敵”です。彼らにステータスなどありませんでした。私以外の管理者は、15年、20年のキャリアを持つベテランぞろい。未経験者の私が口を挟む余地もないほど、その管理手法が徹底されていました。そのセンターは「1時間あたりの電話発信件数」や「債務者本人とのコンタクト比率」など、細かな指標で厳格なプロセス管理を行っていました。すると社員は、「コンタクト比率」が低下したときは、事務所にいる債務者の弁護士に電話して、本人と話をしたとカウントするなど、債権回収額の向上に結びつかない行動を取っていたのです。

 私はこの管理手法に強い違和感を覚えました。社員は知性もあれば心もある人間です。早速、私は社員一人ひとりと、ひざを突き合わせて話をしました。社員からは、「厳しく管理されるのはつらい」といった率直な感想や、「こうすれば生産性が高まる」などの建設的な意見が出てきました。私は、出勤スケジュールは本人が決めるよう指示し、回収金額だけで業績を判断すると宣言しました。それまで「週2回、必ず夜9時まで勤務する」というルールがあったのですが、あえてお客様が家にいる夜と週末ばかり出勤し、平日の午前中は出社しない人が現れました。債権回収業務にその勤務形態が適していることを、私よりも現場の社員たちが熟知していたのです。周囲の管理者は私の行動を批判していましたが、私の部署の回収金額は上向き始めました。

 決断を下した当初、周囲のプレッシャーを感じました。しかし、私は「人との信頼関係が大切」というビジネス原則は、文化や業種を超えて普遍であると確信していました。その確信が自信に変わったのは、6カ月後にこの拠点が閉鎖されると発表されたときです。発表以来、他の部署の社員は、管理者の指示に従おうとしませんでした。閉鎖によってほとんどの人の失職が明らかだったからです。一方、私の部署だけは「最後まで頑張ろう!」と、高いモチベーションを維持しながら、閉鎖まで高い業績を上げ続けたのです。

「任せる」と「エンパワー」の違い
 リーダーの役割とは、その言葉自体が意味するように、方針を示すことです。それにも増して、その道筋を明確にしながら、立ちはだかる障害を取り除くことが、リーダーの重要な役割だと思います。私が東京スター銀行のCEOになったとき、最初に行ったのが「人とその信頼関係が大切」という基本原則を掲げることでした。まん延していた官僚主義を打ち破るため、「顧客第一主義」という価値基準を明示し、細かすぎた権限規定を廃止。現場にエンパワー(権限委譲)しました。

 日本のボスはよく「任せる」と言いますが、これは「エンパワー」ではありません。CEOである私は、東京スター銀行取締役会に対し、執行責任とアカウンタビリティー(説明責任)が要求されています。ですから、完全に社員に任せるわけにはいきません。自分の権限の一部を担ってもらうと言った方が、より正確だと思います。東京スター銀行では、部署のことをグループと呼び、それぞれグループリーダーがいます。私は彼らと定期的に1対1のミーティングを設け、進ちょく状況を報告してもらっています。問題点があれば「何か自分が手伝えることはないか」と、フランクな話し合いの上で問題を解決しています。

Keep your options open!

 若手ビジネスパーソンの皆さんは、これからの可能性が多く残された、極めてラッキーな立場にあると思います。ただ、その可能性は座って待つのではなく、能動的かつ計画的につかみ取らねばなりません。そんな皆さんに「Keep your options open!」という言葉を贈りたい。常にあらゆる選択肢を選べる状態であってほしいという意味です。そのためにはまず、知識が必要だと思います。例えば「財務」は、将来の起業家としても、組織の管理者としても役立つ知識です。GEでは「財務はビジネスの共通言語」と、徹底的に教えられていたほどです。「マーケティングだから数字は苦手だ」という人でも、基本的な財務知識を習得していた方が得策だと思います。英語や中国語など母国語以外の言語を話せることも、グローバリゼーションがさらに進展するこれからの時代、とても大切なことだと思います。もう1つ強調したいのは、周囲の人を大切にすることによって、自分の可能性はもっと広がるということです。確かに人に好き嫌いはあるかもしれません。しかし、世の中は自分が考える以上に狭いもの。特に金融業界などは非常に狭い世界です。実際当社には、私のGEやシティバンク時代の同僚がいますし、前職のボスも当社に転職しています。人間関係というのは、本当に大切だと思います。

ワーク・ライフ・バランス
 6人の子供に恵まれたバッジ氏は、人一倍家族思いの夫であり父親である。シティバンク時代、ニューヨーク本社かアトランタ勤務の二者択一を迫られた際、本社エリートの座を捨て、生活環境に優れた後者を選んだほどだ。現在、東京スター銀行の業務に心血を注ぐバッジ氏だが、激務の中でも「ワーク・ライフ・バランス」を忘れない。「月曜日の夜は家族と団らん」といったプライベートの予定もスケジュールに組み込み、家族や教会、社会貢献の時間を確保している。企業経営も人生も、何事もバランスが大切なのである。「頭取の肩書は一時的なものですが、父親という肩書は一生ものです」。滑らかな日本語で語った言葉が脳裏に焼き付いた。

(取材・文/角田 正隆)

日経BizCEOは、日経Bizキャリアと世界最大の公式MBA組織日本支部を兼務するグローバルタスクフォース(GTF)の共同サイトです。

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