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LEADERS INTERVIEW for Career Management
リーダーシップとは与えられた権利である
日本通信株式会社 代表取締役社長 三田 聖二 氏
▲ 1949年石川県生まれ。父の転勤のため8歳でアメリカに渡り、その後大半を同地で過ごす。73年カナダ国鉄入社。コンレイル鉄道、ロングアイランド鉄道を経て、84年シティバンク入社。香港支店にてリテール部門担当の副社長を務める。87年メリルリンチ証券入社。89年米国モトローラ入社。94年7月米国アップルコンピュータ入社、本社副社長兼日本法人社長就任。96年日本通信設立、代表取締役社長就任。2005年4月大証ヘラクレス上場。カナダ国鉄から学資を得、78年デトロイト大学電子工学科で工学博士課程修了。84年ハーバード・ビジネススクールでアドバンスト・マネジメント・プログラム(AMP)修了。バーバード・ビジネススクールのアドバイザリーボードメンバー。
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■世界基準で評価されるキャリアを意識
最初に経営者というのは、なろうとしてなる仕事ではない、ということを言っておきたい。むしろ自分の能力を高めたいとか、自分の能力を使って社会に何かを残したいという思いが重要だと思います。実際、何度かCEOになりたいという人と会いましたが、それが目的になってしまうと、いざCEOなったときに天井にぶつかってしまう。経営とは社会の問題点を改善し、社会を進歩させる仕事だと私は定義していますが、そういう気持ちがなければ、どんなに会社を大きくして、高い収入を得たとしてもアンハッピーなままで、結局もっと刺激を得ようとして、法律に反することをしたり、強引な手法に走ることになる。まず自分にとってのハピネスとは何か考え、それを追求したほうがいいと思いますよ。
とはいえ私も若いころは、将来ビジョンがなかったのです。だから何でもできる状態にしておこうと、意識的に守備範囲の広いキャリアを選択しました。たとえるなら間もなく台風が上陸すると分かっていても、その規模や威力は実際に来てみないと分からない。そのためどんな台風にも耐えられる準備をするように、私は鉄道会社に入社してから博士号を取得しています。当時のアメリカ社会では東洋人の評価は低く、世界基準で評価される博士が必要だったのです。もちろん経営に学位は関係ありません。しかしグローバルスタンダードで評価される、自信を持つことが重要だったのです。
トータルで10年以上鉄道業界にいましたが、現場のオペレーションについて厳しく訓練されたものの、財務の話になると「あなたはオペレーションだから、財務のことは知らなくてもいい」という風潮でした。そこで私はハーバード・ビジネススクールでAMPを取り、それでも満足できず、教授に「銀行に転職すべき」とアドバイスされ、シティバンクに転職しました。その後何度か転職していますが、転職先の基準は業界を代表するエクセレントカンパニーであること。世界最大級の会社の経験豊富なベテランたちの中で評価され、昇進することによって自信を付けていったのです。
■「暗い道」を恐れず飛び込め!
未経験の業界に転職しても入社1年で、経験者の80%の知識とノウハウを吸収しました。最初は周囲の人たちから、会社がどうやって利益を上げているか、基本的な構造を教えてもらうことから始めます。基本的にビジネスは安く仕入れ、高く売ることですが、販売チャネルや顧客獲得方法まで、細かく押さえようとすると結構大変です。でもこれが分かったら半分は理解できたようなもの。本質をつかみ集中して結果を出すと、また別のところから招かれるのです。
次々と異業種に転職する私を見て知人は、「三田さんには大きな問題がある。それは一番『暗い穴』に飛び込んでしまうことだ」と言いました。でも「暗い穴」に落ちても、抜け道を発見する自信がありました。そういう危機的な状況に追い込まれたほうが、人間はより一層努力するのです。
これまでさまざまな業界で経験を積み、アップルコンピュータでも日本法人社長を務めました。しかし、日本通信を創業して改めて、「経営とはこんなに難しい仕事だったのか」と思い知らされました。今までの経験をすべて合算しても足りず、経験したことのない仕事ばかりだったのです。
まずサラリーマン経営者に比べ、責任の重さがまるで違う。自らビジネスモデルを提案して集めた投資家や社員を裏切るわけにいきません。顧客に対しても大きな責任があります。当社のサービスは月額数百万円にもなるため、導入には各社の役員会決議が必要です。当社を支持してくれた人に、自社の役員を説得してもらうのですが、もし当社がつぶれてしまったら、彼は自分のキャリアを棒に振ることになる。ビジネスが失敗したら結果は倒産かもしれませんが、それ以上にかけがえのない信頼を失うことになるのです。
■会社が絶好調のときが一番心配
もう1つサラリーマン経営者との違いは、自分が辞めたいと思っても、トップの座を降りられないことです。会社の創業は子供の親になるのに似ていて、子供が立派な社会人に育つまで、親としての責任が放棄できません。
こうした「親」の心境にあると、会社の業績が絶好調というときが、一番心配で仕方がないものです。調子がいいときほど、次に何が起きるか分かりませんからね。逆に問題に直面しているときのほうが、周囲に協力してもらったり、改善に向けて努力するなど、やることが明確で分かりやすいぐらいです。だからといって人生が楽しめないわけではありませんが、大雨に備えて傘を用意するような心配は、親の老婆心のように最後まで付いて回ることでしょう。
CEOにしかできない仕事が数多くある中で、最もCEOに期待される役割はリーダーシップだと思います。しかしリーダーといいつつ、まるで“ゴムひも”で引っ張ると、最後にバーンと引っ張り返されるように、社員はなかなか引っ張れないものです。しかしリーダーの最大の責任である部下の育成を心掛けていれば、部下は本気でリーダーをフォローしてくれるようになり、その結果としてリーダーシップが醸成される。実はリーダーシップというのは、リードされる側から与えられる「権利」なのです。私もこれまで何度か転職しましたが、幸いなことに私を誘った上司は、責任を持って私を育ててくれました。もしかすると学べる上司、尊敬できる上司がいるところを狙って、転職するのも有効なのかもしれません。
最後にもう1つ私からアドバイスさせてください。皆さんのように頭のいい人は“かわいく、ずるい”から、うまく近道を通ろうとする傾向があるのではないでしょうか。しかし、あえて最も「暗い道」を選んだほうが、最後はポジティブになれるということを覚えておいてほしい。20代、30代は自分の能力を拡張させることに注力し、ぜひ社内外から招かれる人材になってください。 |
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社長は「招かれざるパーティーには出席しない」
三田氏は30代半ばで大手鉄道会社から社長としてヘッドハントされたことがある。だが、「ここで社長を引き受けたら、一生鉄道業界に留まることになる」と判断し、金融業界への転身を決めた。その後も何度か転職を繰り返し、典型的な米国流キャリアを実践してきたかのようにみえるが、意外にも三田氏は「転職するとき一度も年収アップを要求したことがない」という。純粋にキャリアアップを求めての転職だった。 世界を代表するエクセレントカンパニーを渡り歩き、まるで「道場破り」のようなキャリアを歩んだ三田氏の転職アドバイスは、「招かれざるパーティーには行かないこと」。現職で結果を残し人から誘われるまで、決して動くべきではないという。強引な転職は欧米でも「マナー違反」であるようだ。
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(取材・文/角田 正隆)
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